yotsuya

通勤という無意識行動〜原因はスマホなのかも〜 | onoma

2015 10.19

気が付いたら四ツ谷だったみたいなことがよくある。

日常で、朝起きて、ぼーっとしながらテレビをつけてご飯を食べて、歯を磨いて、顔を洗って…そんなことをしているうちに、気が付いたら四ツ谷なのである。

いつの間にか、電車に乗る。

丸ノ内線は、四ツ谷で地上に出る。それまでのホームとの雰囲気の違い、明るさで、目がさめるようである。 うちにカーテンはないから、朝に同じような光を浴びているはずなのに、四ツ谷の明かりはどうやら違うようで、そこで目がさめる、いや今まで目が覚めていたはずなのに、である。

何となく、そんな無意識行動が気持ち悪くて、無意識行動になる直前に何があるのかな、と思い、振り返るとスマホをアクティブに触り出した、そこで記憶がだいたい止まっている。

多分、スマホなのである。

朝起きて、TwitterとFacebookを3回ほど勢い良く上に弾く。平泳ぎだと10メートルくらい進むくらいのパワーだと思う。

今日はだいたいこんな感じなのね、そう思いながらテレビをつける、ここまでは記憶はある。色々と外に出る身支度をしながら、スマホをカバンに入れると思いきや、再びTwitterを開き、ぼーっとタイムラインを眺め、タイムラインに貼られているニュースのリンクが気になりだす…そこで記憶が終わるのだ。

1日が30時間だったら良いのに、とか思いながら、読んだニュースさえ思い出せない、無意識行動というか何のためにもなっていない行動に出ている。あの時間に価値はあるのか、活きる瞬間はあるのか。残るのは記憶のブランクである。

朝誰かと話していて、ニュースの話になっていれば、あ、あの時の!と思って波に乗れる程度の潜在認識具合で、自分から引っ張り出せないぐらいの顕在認識具合で、微妙に役には立っているが、殆どがゴミと化す。

新聞を読むとページをめくる感覚と、掲載の位置でそのニュースを記憶していたことを改めて自覚する。

無意識にタイムラインを眺めて、よくある「ノーバン」とかそんな言葉に引っかかり、Webの世界を彷徨い出す。

タイムラインを覗くというのは、無意識行動へのスイッチなのかもしれない。

あ、四ツ谷だ。


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