相談内容
(相談者 Yさん・高2)
平林先生、困っています。
半年間付き合っていた彼氏と別れました(;O;)特に未練とかないのですが、問題があって…
付き合ってすぐに2人のTwitterアカウント(カップル垢)を作ったり、ミクチャにラブラブ動画を載せたりするようになりました。別れる直前まで投稿していました。
だけど別れ話をしている時に、彼から「共同垢を削除したい」「ミクチャ動画ぜんぶ消して」と言われました。
未練はないけど…私は消したくありません。2人の思い出として残しておきたいです。
複数人で管理しているSNSアカウントって、誰に権限があるのでしょうか?
彼氏にアカウントを勝手に消されてしまった場合、訴えることはできるのでしょうか?
結論は・・・
Yさん、こんにちは。
とくに未練とかないのですか、それはよかったです。はやく次の恋人が見つかるといいですね。あ、余計なお世話ですか、すいません。
まずは、結論から。
『単独でカップル垢を削除することはできない』です。
それでは、これからじっくりと解説していきますね。
カップル垢は「作った人のもの」? 「ふたりのもの」?
さて、カップル垢の問題を考える前に、まずは普通にSNSを利用するときの法律関係を確認しておきましょう。利用者は、SNSの利用規約に同意してアカウントを作成します。この時、利用者と運営会社との間には、利用規約の内容に応じてSNSの利用に関する契約(利用契約)が成立します。
そして、利用者は、この利用契約にしたがってアカウントを利用する権利を取得します。この権利を、とりあえず「アカウント利用権」と呼びましょう。
では、カップル垢の場合、誰がアカウント利用権を取得するのでしょうか。分かりやすく、ケンとメリーのカップルで考えてみましょう。ケンとメリー、愛のカップル垢。
まず、ケンがSNSの利用規約に同意してアカウントを作成したとします。
この時、SNSの利用契約は、ケンと運営会社との間で成立し、当初、このアカウント利用権はケンだけのものになるのだろうと思います。
ケンはメリーのためにもこのアカウントを作ったのかもしれませんが、そのことは運営会社に示していないですし、運営会社もそんなケンとメリーの事情は知りませんので、この段階では、メリーにはアカウント利用権は生じないと考えるのが妥当でしょう(民法99条、100条)。
つまり、この時点でカップル垢は「つくった人のもの」、つまりケンのものということになります。
カップル垢を「ふたりのもの」として使うには?
アカウント利用権というのは一種の債権(脚注1)なので、2つの例外を除いて自由に譲渡することができるものです(民法466条)。
その例外とは、
①「債権の性質がこれを許さない場合」
②「契約で譲渡が禁止されている場合(譲渡禁止特約がある場合)」
です。
カップル垢が、この2つの例外にあたるか考えてみましょう。
まず、①「債権の性質がこれを許さない場合」ですが、これは債権者が変われば債権の目的を達成できないような場合を指しており、例えば、賃借権(民法612条1項)や雇い主の債権(民法625条1項)がこれに当たります。この点、アカウント利用権は、利用者が変わってもSNSを利用するという目的自体は達成できるので、譲渡できない性質があるとまではいえないと思います。
ということは、②「契約で譲渡が禁止されている場合(譲渡禁止特約がある場合)」に該当しなければ、ケンは自分のアカウント利用権の半分をメリーに譲渡することができそうです。
そこで、Twitterの利用規約()とミクチャの利用規約(https://mixch.tv/help/terms.html)を確認してみると、どちらにもアカウント利用権の譲渡を明確に禁止した条項は見当たりません。
つまり、ケンとメリーがアカウントを共同で使うこと(カップル垢とすること)を二人の間で約束(脚注2)すれば、少なくともケンとメリー二人の間では、法律上有効にアカウント利用権を二人で共有した状態(準共有)(脚注3)になるのだろうと思います(民法264条、250条)。(脚注4)
これで、ケンとメリーも安心して自分の好きなときにカップル垢を「使用」してtweetしたり、ラブラブ動画を投稿したりできるようになるというわけです(民法264条、249条)。
二人が別れちゃった場合…カップル垢を勝手に削除されたらどうすればいい?
では、ケンがカップル垢を勝手に削除してしまった場合、メリーはケンに対して何か請求できるでしょうか。
カップル垢を削除する行為は、カップル垢のアカウント利用権を放棄することを意味します。これは、法律上は「変更」という行為に該当し、準共有者全員の同意がないとできません(民法264条、251条)。
つまり、ケンは単独でカップル垢を削除することはできないのです。ケンがメリーに無断でカップル垢を削除すれば、不法にメリーのアカウント利用権を消滅させることとなり、これによってメリーに損害が発生すれば損害賠償を請求できます(民法709条、710条)。
もっとも、裁判をやる価値があるほどの損害を立証できるかは、かなり疑問です。
というのも、
①運営会社から無料で与えられていたカップル垢のアカウント利用権の財産的価値やカップル垢に投稿されていたtweet・動画の財産的価値は算定するのが難しい。
②思い出の詰まったカップル垢はメリーにとってはpricelessであっても、お金で買えない価値に対して裁判所の値付けはかなり控え目。
だからです。
これら2つの理由から、メリーの財産上の損害も、精神的苦痛に対する慰謝料も、ほとんど認められないと思います。
そうすると、ケンを訴えて裁判で勝訴したとしても、損害賠償の金額はごくわずかで、裁判費用の方が高くつくことになってしまいそうです。
以上のとおり、法的観点からするとカップル垢を削除するためにはYさんの同意が必要ですが、もし元カレさんによって勝手にカップル垢を消されてしまった場合でも、訴えるというのは現実的ではありません。
やはり、別れ際にカップル垢を守る方法としては、さっさとアカウントのパスワードを変更してしまうのが一番確実でしょうね…。
しかし、別れた恋人とのラブラブ動画がいつまでもネットの海を漂っているなんて、恐ろしすぎます。個人的には、削除したいという元カレさんの気持ちもよく分かりますけれど…。
(脚注1):債権とは、ある人が他の人に対して一定のことを要求できる権利のことです。「一定のこと」の内容は様々です。たとえば、マンションの賃貸借契約で、大家さんと入居者との間には、大家さんの入居者に対する「賃料を払ってください」と要求できる債権と入居者の大家さんに対する「部屋を使わせてください」と要求できる債権とが成立しています。利用者がSNS運営会社に対して「SNSアカウントを利用させてください」と要求できる権利も債権といえます。
(脚注2):口約束であっても、法律上は有効な契約になります。しかし、口約束があったことを裁判で立証するのは難しい(言った、言わないの争いになる)ので、約束の内容を書面に記載して署名させておく(契約書を作っておく)と安心できます。普通は、カップル垢でそこまでやらないでしょうけれど…
(脚注3):所有権以外の財産権を、複数の者が共同して有することを「準共有」といいます。
(脚注4):Twitterに関しては準拠法がカリフォルニア州法になる可能性がありますが、Restatement of the Law, Second, Contracts § 317 Assignment of a Rightからすると、概ね同様の結論になるのではないかと思います。なお、Twitter社は、複数の利用者が1つのTwitterアカウントを共有できるTweetDeckのチーム機能を提供しています。この機能を利用してアカウントを共有する場合は、Twitter社が定める共有ルール()が適用されることになります。