#empty 企画に見る美術館とSNSのあり方 前編

2020 4.24

閉館後の森美術館にInstagramで活躍している約30人のフォトグラファーたちを招き、展示風景を撮影・シェアしてもらう「#empty(エンプティー)※」企画の第4回目が開催されました。
kakeru編集部も参加し、企画を体験しながら森美術館マーケティンググループ広報・プロモーション担当の洞田貫晋一朗さんに、この企画を実施するに至った経緯や、SNSでシェアされるイベント設計のコツ、これからの活用の可能性についてお話をお聞きしました。

※emptyとは…
閉館後の美術館でインスタグラマーたちが集ってアートを楽しむイベント。2013年にニューヨークのメトロポリタン美術館から始まり、今では世界各地で開催されています。

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SNSで感想を可視化し、美術館に来てもらうきっかけを作る

──なぜ、森美術館で「#empty」を実施しようと思ったのですか?

美術館の来場者数を増やすために「#empty」を行うことで「アートに興味はあるけどよく分からない」という層に、まずは気軽に足を運んでもらうきっかけを提供できればと考えました。コアなファンは展覧会を開催すると足を運んでくれるのですが、そうでない人たちは敷居が高いイメージを持っていて、なかなか来てくれないという現状があります。

美術館は、もともと王族や貴族が持っていたアート作品のコレクションを一般市民に公開、すなわちシェアされたことから始まったと言われています。そうやってコレクションからシェアされたものを、SNSを通じて使ってさらにシェアをする。そんな風にシェアの連鎖を起こすことで、議論や教育の場として美術館の新たな楽しみ方を創れたらと思いました。

美術館に訪れた人は、展示を体験することで何かしらの感想を持っていますよね。そこで、感想をSNSで可視化し広げる仕組みを作れたら、新規の来場者が増えるのではないかと思ったんです。

──新規の来場者を増やすために、どのような工夫があったのでしょうか。

SNSで発信・シェアされる工夫として、投稿しやすい空気を作るようにしています。具体的には、入口に写真撮影とハッシュタグ投稿を促すパネルを設置したり、公式SNSでも撮影OKであることを発信しています。

来場者に「一部の作品は写真を撮って、SNSに投稿してもいいんだ」と思わせるための仕掛けなんですよ。またSNSで展示に興味を持った人が、他の来場者の感想を検索しやすいように館名と展覧会のハッシュタグを統一して掲示しています。

──来場者の投稿は、どのような傾向がありましたか?

展覧会or展示作品の感想やレビューをしっかり書く人が多かったです。美術館では、シェアを後押ししているだけなので予想外でした。おそらくシェアできる空気感によって、自分の投稿があとから来た人に見られる可能性がある、と意識づけされたのかもしれません。みなさん展示内容をすごく読み込んでいましたね。

──他にも、普段のSNS運用で意識していることはありますか?

公式アカウントの発信方法は工夫しています。TwitterやFacebookは主に、美術館のお知らせなどに加えて、目に留まるようなキービジュアルを活用しています。

一方で、Instagramはまったく広告感を出さずに、会場の雰囲気や、どんな写真が撮れるかを伝えられるような投稿を意識しています。集客は気にせず、美術館の魅力や楽しさを知ってもらい「行きたい」と思ってもらうためです。

InstagramやTwitterで投稿されている「#emptymoriartmuseum」参加者の写真を見ると、展覧会の楽しみ方がぐっと広がると思います。

アートの真価を届けたい。シェアよりも大切にしたいこと

──シェアされる展示にするために、空間設計で意識していることはありますか?

SNSを意識した展覧会の企画というのは、実はやっていないんです。我々のマーケティングチームは、出来上がったものの魅力をきちんと伝える役割を担っています。集客や話題作りのために企画段階から介入してしまうと、そもそも作品の方向性が変わってしまう可能性もあります。

たとえば、フルコースが目の前に出て来た時に、コース料理を楽しむために、こういう調味料を入れた方がいいですよとは言いません。食べ方を知っている人は美味しく味わえるけれど、知らない人にとっては食べ方さえわからない。特にSNSができる部分は、そんな人たちにフルコースを小分けにして、楽しく試食できる環境をつくるイメージでしょうか。それでお客さんが「あっ美味しい…。こうやって食べるんだ」と気づいてもらえればいいわけで。楽しみ方が一度分かれば、「また行きたい」と思ってもらえる可能性もありますよね。

我々が目指しているのは、アートそのものを楽しめる展覧会の開催です。アートは、色々考えられて生まれた作品ばかり。アートの価値をなによりも大切にし、多くの人に魅力を伝えていきたいと思っています。

──シェアよりも、アートそのものを大切にされていらっしゃるんですね。

そうですね。展覧会の会期後半でも「#emptymoriartmuseum」を開催したのは、拡散されて、それが告知になればいいというよりも、美術館を自由に撮って楽しめると認識し、興味を持つ人を増やしたいからなんです。海外の美術館では有名なソーシャルイベントを頻度高く開催していますが、国内ではなかなかありません。
「イイね」や「シェア数」などの数字的な部分はさておき、 森美術館の展覧会を通して、作品の良さに気づく人が増えるといいなと思います。足を運ぶことが文化・習慣になることを願っています。

これからのSNSの未来

──洞田貫さんが思うこれからのSNSの未来や、活用の可能性についてもお聞かせください。

壮大なテーマですね(笑)。SNSは、今や社会のインフラの1つになっていると感じます。以前は「自分を出したい」「綺麗なものを見せたい」といった欲を満たすためのものでしたが、今では生活の一部。なくてはならないという人が多くいるのではないでしょうか?
今のSNSは、怒りや、不安定なもの、フェイクニュースが目立ってしまう良くない状況もあって、タイムラインを見るだけで疲れることがありますよね。
自由に発信でき、誰とでもコミュニケーションできる楽しさを守るためにも、ユーザは、SNSで発信するとき、実際に相手と対面しているときと同じように、他者を尊重して接していくことや、サービスを提供する側も、投稿の質が上がっていくような仕組みを考える必要があると思いますね。
SNSの未来は、より文化的で楽しいコミュニケーションツールとして進化してほしいと思います。

SNSシェアの本質とは

メモ・アクテン《深い瞑想:60分で見る、ほとんど「すべて」の略史》2018年
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昨年の企画展「塩田千春展:魂がふるえる」では、印象的な赤い毛糸が張り巡らされた《不確かな旅》がSNSで話題を呼び、会期130日間で総入館者数が666,271人を記録しました。

これほどまでに拡散される展覧会の施策の裏側を紐解こうと試みましたが、お答えいただいたのは「シェアされることよりも、アートそのものを大切にしたい」ということ。

「美術館を自由に撮って遊べると認識し、興味を持つ人を増やしたい」「SNSのタイムラインを、アートや文化で楽しいものにしたい」という本質的な部分を重視して、アートの楽しみ方を広げるために集客に取り組んでいることが印象的でした。

施設やイベントの集客においても、森美術館の施策を例に、楽しみ方を広げるためにはどうすべきか、参考にしてみてくださいね。

なお、先進的な取り組みを行う森美術館では、臨時休館中にInstagram LIVEで「未来と芸術展」のトークツアーを配信しています。
こちらもアートの楽しみ方を広げる施策の一つですね。

以下よりアーカイブをご覧いただけます。

後編では、「#emptymoriartmuseum」参加者によるSNSの使い方についてお届けします。

それではまた。

▼展示風景
「未来と芸術展:AI、ロボット、都市、生命――人は明日どう生きるのか」森美術館(東京)2019-2020年

※この取材は2020年2月に実施しました

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